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無題 [仕事]

 今日は博多の香正寺さまという大きなお寺での会議に参加してきました。


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 中央区に境内地3900坪だそうです、びっくりですね。昔は1万坪くらいあったのだとか。


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 本堂は間口7間 奥行10間  70坪ということですね、普通の家なら2軒は軽く建ちます。


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 本堂の欄間も細工が見事で思わず見とれてしまいます。



 色んな寺院があってお檀家さんもそれぞれ。自分は自分の所で頑張ります。



明日は第736回目の御会式と葬儀と法要とあり・・・終わったら移動して、大分市での護法大会講師接待です。行事って、結構差し合うんですねぇ

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心通じて [人]

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 柊の花がたくさん咲いています


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 今年もきれいな紅葉になりました


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 第3納骨堂の前が吹きだまりになっていて、毎日ケヤキの葉がたっぷり!なので、夕方掃いていたら、藤棚の下でポケモンGOをしにやって来ていたお姉さんが、「いつもお世話になってます!手伝いましょうか?竹箒貸して下さい」とお手伝いしてくれました。


 一緒に掃除してくれたらなぁ・・という私の心の声が届いたのでしょうね (ー_ー)!!  


 彼女が「秋は葉が落ちると毎日大変ですねぇ。でも、こんな木の下で夏に本でも読んだら涼しくて気持ちが良いでしょうねぇ~」って言うので、「墓地があるので夏は蚊がたくさんで大変ですよ」と答えたら、「蚊除けのスキンミストをしてれば大丈夫!墓地もないようなお寺はダメですよ」なんだそうです。来夏は本を持参してくるかも~ 


 庭で掃除していても大概の方は「ありがとうございます~お疲れ様です~」と素通りなので、ちょっとうれしかったですね。Mさんに報告したら「いくつくらいの人?」って聞くので「たぶん50代」って言ったら「な~ん、おばちゃんやん!」  でも、自分より一回りも若ければやっぱお姉さんくらいに言っとかないとね^^





 またまた棟札書きしました。この方は道路の拡張で、建て直しします。

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 お釈迦樣が王舎城で法華経をお説きになったことから、個人の家の棟札にも「住王舎城」

気持ちは「いつもお釈迦樣の教えと共に」ってなんだかイイですね。

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善し悪しで [人]

 

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 今日は義母の3回忌法要でした。


 参道脇にある掲示板には


「損得ではなく 良いか悪いかで決めなさい」という釈尊のお言葉。



 自分を勘定に入れた損得による判断は時に人を狂わせます。

 「人として成すことが正しいかどうか」

 客観的な検証に耐えられるのかどうか


 それが、釈尊の説かれる「八正道」の基本です。




 およそ母と呼ばれる人は、子どもの幸せを求めます。そこに正邪の判断は入り込まないのでしょうが、人が人間らしく生き幸せを感じるためには、人として認められることが絶対必要です。


 自分を認め他を認めること。

それを身につけることが豊かに生きることの鍵でしょうね。

そういうお話しを、導師のお上人様は義母の生き様に重ねて参列者に語って下さいました。

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 [人]

 千年あかりで使ったアレンジの花がまだしっかりしているので 


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 内玄関でお客様をお迎えします。






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 今日は県の第40回更生保護大会でした。被害者支援センター理事長の三井嘉雄弁護士さんが「弁護士からみた被害者支援」という題で記念講演をされました。



 お話しの中で、先生は中国の魯迅の


 「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」という言葉を引かれました。


 帰って調べると、「故郷」という中で彼はそのように言われているのですが、

髙村光太郎にも同じような有名な言葉がありますね。


 「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる」   「道程」



 魯迅は1881年生まれ~1936年没

 髙村光太郎が1883年生まれ~1956年没


ちょうど同じ年代を生きた2人が同じ趣旨のことを述べています。時代の言葉なのかもしれません。



2500年前、釈尊が「私が説いた教えは実は昔から人々が通っていた道である。誰も通らなくなって無くなろうとしているその道を、今再び私は皆が通るように指し示し、伝え、教えているのだ」と仰ったその言葉を思い起こさせます。



 希望を抱いた人や理想を高く掲げた人たちが胸を張って歩き、それが道になっていくように私は祈ります。


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巡り来る [思い出]

祭りも終わりお片付け。4日間手伝ってくれたウエだっちさん、作業も楽しめたようです。

皆でやれば作業も早い。


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 夕方、フォークリフトとトラックで祭り本部の方が全て回収してくれました。ありがたいですねぇ。






 ↓ こちらは亀山公園のイチョウと柿の木。通りかかったら良い感じだったので。


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 早いものでお歳暮第一号が届きました。もうそんな季節なんですね。


 お祭りでワイワイやっているうちに、今週は保護司県大会や宗教者九条の会県総会、義母の法事、本山の会合に自坊の御会式法要、県の護法大会と続きます。初冬は行事が目白押し、皆さまもそれぞれお体大切にご活躍下さい。

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冬休み [数々の失敗]

 先月末から右腕が痛いので湿布を貼って騙し騙し使っていたのですが・・・治りそうもないので久しぶりに整体に行ってきました。

 

 お風呂で両手を伸ばして見ると、右腕が関節から微妙に内側を向いて曲がっています。あれっ?こんなんだったけ?と、左手で伸ばそうとしても痛くてまっすぐにはなりません。


 Mさん曰く「そんなに痛いの?テニスエルボーね!筋肉が衰えてラケットが振れなくなってるってことよね!」 彼女のご託宣通り、肘が痛くなったのはテニスが理由であることは分かっているのですが、認めたくなくて。


 整体師さんからも「短い間にそうとう酷く傷んでますね~~」と言われました。年齢から来るものもあるのかなぁなんて思いますが、打ち方をちょっと変えたことが直接の原因なんでしょう。


 「治るまでしばらくテニスできませんよ!」  冬休みですね・・・   

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リズム [人]


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 日田の町に青森のねぶたがやってきました。テレビでは見るけれど、本物は初めて!近くで見ていたどこかのパパが息子に言っている「ほらよく見ろよ!これは遠くの寒いところに行かないとほんとは見れないんだからな」っていう言葉が胸に響きます^^


 なんでも今年日田が大水害にあったので、青森の医師会が企画して下さったようです。すべて手弁当で、お囃子さんも入れて30名近くの方々が来てくれました。


 勇壮な絵とは裏腹に、太鼓も笛も優しい音でホッと心が和みました。


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 うらはらに


 と言えば、


座間で殺された方々は、犯人に拠れば

「ほんとうに死にたいという人は1人もいなかった」のだとか。


人間は死ぬ瞬間まで、僥倖を求め、助けを求めているんだろうなって、そう思います。「いっそ死んだ方が楽になる」と思い詰めても、「もしかしたらこの瞬間にも誰かが今の状態から救い出してくれるのではないか?」って、ホワイトナイトの出現を期待しているのでしょうね。恐らく誰でもそうなのでしょう。命の重みというか、自分のものであって自分の物でない、生命。


 軽々しく扱えませんね。

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プレ千年まつり [まつり]

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 竹灯籠一式頂くときに、あらかじめ「案内状に載せるテーマとデザインを描くように」言われているのですが、テーマだけは書けてもデザインまでは中々紙に書けません。直前になってやっと構想が固まるというのが本当のところです。今年は本物の花をアレンジして置きました。


 きょうはプレ千年あかりです。


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 竹灯籠200個+αで300個近いです。


 6人で5時から灯し始めて40分近くかかりました。


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 港町のごうや亭前



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 豆田町の長福寺さま



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 薫長酒造横



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 今年はちょっと抑え気味な感じがします。水害の影響でしょうか??



 千年ともしびが続きますように

 それぞれの地域が 人たちのいきいきとした思いで 溢れますように


 

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昔はもっと良かったはずだ [人]

 毎日新聞の特集ワイド版から


 「それホンモノ?『良き伝統』の正体」 というのがあります。


【 日本人は「伝統」という言葉にヨワいらしい。例えば選択的夫婦別姓制度の是非を巡る議論。安倍首相ら反対派は「同姓が日本の伝統だ」と主張し、いくら専門家が「同姓は明治中期以降の新しい制度」と指摘しても聞く耳を持たない。このように最近は、新しく、ウソに近い「伝統」がやたらと強調されている気がするのだが・・・ 】 


 一例として


 銀座はゴミの山だった


 【 中国の旧正月・春節が近い。流行語にもなった中国人観光客の「爆買い」だが、彼らのマナーはどうだろう。

 「(ホテルで)酔って従業員に絡む人も」「寝間着でスリッパでロビーをウロウロする人は少なくなったが、じゅうたんにツバを吐いたりたばこを捨てて焦がしたり」「ヒドイのはロビーのイスで足を開いて高イビキ」・・・


 中国人は、礼儀正しさを伝統とする日本人とは違うなぁ・・と、あえてそう思い込んでしまう書き方をしたが、実はすべて日本人がやらかしたこと。東京五輪の年、1964年3月19日付毎日新聞の東京都内版が報じた日本人のマナーの悪さを嘆くホテル側の声の一部である。前年7月1日付では「汚れ放題 東京の顔 銀座の歩道はゴミの山」との見出しで、通行人のごみのポイ捨てや住民が路上にぶちまけた「台所の残り物」が散乱する様子を伝えている。】


 さらには整列乗車が当たり前になったのは戦後であり、道徳や公民の教科書に取り入れている「江戸しぐさ」なるものは、実は高校教員や雑誌編集長を務めた芝三光(しばみつあきら)さんという方が1980年代に創作されたものであると。



 【 「昔は良かった」という考えがクセもの。この考えに従うと『今ある良いものは昔からあったはずだし、昔はさらに良かったはずだ』との考えに陥りやすい。だから『日本人の道徳・マナーは昔から優れていた』と考えてしまう。『戦後日本から道徳やモラル、公の心が失われた』と言う人は戦前を評価する傾向にあるが、これも同じ。ほんとうにそう言えるのでしょうか。 】



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 花は昔から美しかったけれど・・今はさらに改良されて美しくなっています・・・大輪の草色の菊なんて珍しい物もありますね・・




 今私たちが公共の場でできている道徳やマナーを守る日本人はすごいのだと礼賛し、それに比べあの人たちはと見下すとき、「日本人としての誇り」が実は一番傷ついているのかもしれません。民族としての誇りは、日本人だけに許されるわけではありませんから。

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知覧にて [人]

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   終に帰ってこなかった若者たちのために


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 「とこしえに平和を願う」





 平和を願う気持ちは皆人にあれど、我のみに大義あると思わぬように。





 若いバスガイドさんが、心を込めて特攻隊と平和について、訴えてくれました。


 

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